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 本日から2月定例会が開会された。17年度の長野県の1年間の予算を審議する大事な県議会である。しかしながら、いつもの県会も同じであるが県会が近づくと知事は新たな問題を提供してくれる。今回も情報公開にかかわる問題が予算審査以外に浮上してきている。17年度予算にしてもコモンズ支援金や組織再編案については、現地機関や町村に十分な調整協議を行わないまま実施しようとしている。

知事提案説明の中で知事は、「日々の仕事や議論を通じて、こうした理念を職員と共有し合える職場環境と県政運営を心がけてきました。」今知事が職員との接し方は、議論でなく一方通行の命令でしょう。職員は理念を共有していると思っているのでしょうか。これも知事の一方的な押し付けではないか。更に、「知事が変われば県政哲学も県政運営も変わるのだと、職員は理解しています。無論その議論の過程では知事も部長も係員も臆せず意見を述べ合うでしょう」とも言っているが、述べているかもしれない。しかし知事は自分の都合のよい部分については意見を聞くでしょうが、述べ合うということはどうだろうか。県民はこのことだけを聞くと、なんとすばらしい知事さんではないかと賛辞の言葉を投げかけられると思う。実態は全く違うのだということを県民に知っていただかなければならない。

 ともかく長い定例会が始まった。今日も夜まで明日の情報公開問題集中審議の件で追われてしまった。地元での土木振興会の閉所式に出て、長い間の成果とご苦労をねぎらう予定であったが失礼してしまった。県民の最も望んでいる情報公開の根幹の問題だけに、理解いただけるものと思う。

私の一般質問が本日の抽選の結果、一般質問の2~3日目のようである。まだ一切の草稿をしてないので、若干焦りが出始めているが、頑張っていきたいと思う。ご覧の皆さんからの忌憚の無いご意見をどしどし頂きたいものです。

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 2月13日木曽郡山口村は岐阜県中津川市となる。それぞれの皆さんの思いは、いろいろ複雑な気持ちが交差しているだろうが、長野県から岐阜県に越県合併となった。この際今までの田中知事が合併申請にかかわる議案提出をされなかったこと、議員提案により越県合併を議決したこと、その議決を尊重してぎりぎり知事が申請したことなど、ここに至るまでの多くの議論は無駄ではなかった。まずは素直に「山口村、越県合併おめでとう。」と気持ちよく送り出してやりたい。山口村の新しい中津川市としての歩みの一歩を祝福し、一日も早く中津川市民として新しい地域づくりに参画し、調和のとれた町づくりをつくられる事を祈るばかりである。合併してもいろいろな課題はありますが、粘り強く話し合いを持って解決に向かってほしい。必ずや,よい道が開かれるものと信じている。
 
それにしても、昨日の「広報ながのけん」を見て驚いた。紙面の半数以上を山口村で埋めていた。そのこと自体は「惜別・山口村」の特集と理解できるが、内容を見て唖然としたのは私だけだろうか。山口村を送り出す長野県の気持ちが全く無い。ただ田中康夫氏個人の思いを掲載されているだけではないか。「広報ながのけん」であるならば、越県合併に至った経緯、今後、山口村が合併していく中津川市の紹介、嫁に出す親としての祝福の言葉など、長野県として越県合併する山口村に最大限の気持ちを表すべきであろう。確かに過程はいろいろあったが、決定したからには民主主義の原理に基づき、気持ちよく送り出してやることが大切であろう。少なくとも広報は長野県の貴重な経費を使っているのである。田中康夫氏個人の思いは自分で他の方法で知らせるべきだ。個人のメッセージを公費を使ってするべきではない。長野県知事としての礼儀ある挨拶を載せるべきであろう。「県民の皆様へのメッセージ」「山口村閉村式の知事の挨拶」どちらも自分の思いだけで、長野県知事としてのメッセージは全く入っていない。経営戦略局秘書広報チームは、しっかり自分たちの役目を全うするべきであろう。
 
情報公開問題を調査したり、来年度事業予算等の勉強会をみても、田中知事の独裁性と異常とも思える権力主義者が見え隠れしている。これでは職員に言いなさいといっても無理があることを理解せざるを得ない。それにしても、山口村の一件は最後まで納得のいかない、不如意な知事の行動に全く許せない気持ちだ。もっと大人になってもらいたいものだ。

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 たまたまお邪魔していたお宅のテレビに、田中知事がテレ朝に出演していた。顔を見て驚いた、なんと活き活きした顔であった。県庁内にいるときの何とも言えない暗いイメージから一転、我が家の天下者といった感じであった。よそ様でのテレビ観賞のため、内容までしっかり覚えていないが、かなり長野県での実態と違うことを、手柄のように言っていたように思える。一つ一つ取り上げればきりがないが、もういい加減にして長野県のことを・・・と思ったが、この人では駄目か、要求する方が無理かと思ったりもした。しかし、長野県知事として広く県民の意見を聞き、まともな県政を運営してもらいたい気持ちには変わりはない。だいぶ前のテレビでのコメンテーターが言っていたことを思い出した。「田中知事は側近だけに囲まれているから、問題の核心が分からなくなっている」「独裁者というのは、全て自分で指示していかなければ、自分が崩れて行ってしまうものだ」
 
まさにその通りであろう。今回の情報公開請求者の問題、公文書取り扱いの問題、職員に自由に発言させない職員操作、自分の責任回避のための人事異動などなど、独裁政治が続いている。しかし周りが気づき地殻変動が起きていることを、知ってか知らないか強がりとウソぶいている点は、並の神経の持ち主ではない。二重人格を思わせるような今日のテレビ出演風景であった。私たち県会議員にしてみれば、一日も早く17年度予算の査定を終え、県会に提示してもらいたい。明日の部長会議で本当に最終決定されるだろうかと心配される。本来であればもっと早く査定を終え、県会の皆さんどうぞご意見をお願いしたい。としている時期ではないのだろうか。来週には定例会が始まるというのに、未だ来年度の事業予算が発表できないと言うことはお粗末なことである。日曜日の朝のテレビを見ると憂鬱になるのは私だけだろうか。

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 今日は志昂会総会を開催しました。2月定例会に向けた事前勉強会等のほか、本日行われた各党代表者会議、議会運営委員会の報告を受けました。2月16日から始まる2月定例会の最終日程が決まりました。先日の議会運営委員会で決定した17日からの開会予定が、17日全国知事会議があり田中知事が出席するからとのことであります。また25日の代表質問の予定日を、スペシャルオリンピックスのイベントがあるため、田中知事が出席しなければならないので休会してほしいとの事であります。
 結果は議論があるもののそれぞれの会議では、知事部局側の言い分を受け入れ日程変更となりました。田中知事の公式行事を優先させたことになります。そのこと自体は対外的なことも考慮すれば理解できるものです。ただ、非常に不可思議なことは今回の変更となった事項(知事会・SOイベント)は、当然数カ月前から日程は決定していたはずです。なぜ前回の議会運営委員会で日程調整ができなかったのだろうか。分かっていて言わずに決定された後、今回日程変更を再提案したのか、日程が全く分からなかったのか、いずれを考えても秘書広報チームをはじめ知事部局の機能が、全く果たされていないということになります。

 本来、召集者(田中知事)が日程調整をしたあと、県議会に対し2月定例会の収集をしたものであります。召集したからには自分の都合でなく、県議会の議会運営委員会が決定した日程に習っていくことがルールであります。ここでも知事の我儘と無秩序な県政運営の実態が証明されたことになります。県議会は県議会のことだけを考え知事いじめをしているのではありません。対外的のことも考え長野県の知事として恥ずかしい思いをさせたくない、長野県知事として対外的催事にも責任を果たしてもらいたいとして、今回の日程変更も認めたことになるのです。田中知事は単なる2項対立的な県政運営を続けるのでなく、もっと県議会との関係を良好に保ち、県民のための県政運営ができるよう努めるべきであろう。このようなルール違反的な行為は2度と繰り返すべきではない。次回は認められないことを知っておくべきでありましょう。機能されていない知事部局の側近者は良く肝に銘じておくべきでありましょう。

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1月の後半から閉村式、閉町式のご案内通知が届いてきた。合併が整いそれぞれ思いがあるだろうが、地域住民の意思の総意により、新しい地域づくりを目指してのことである。寂しさを感じないと言えばうそになるが、発展的解消と言う言葉の通り、前を向いてよりよい地域を創造する意味においても、閉村式・閉町式といえども喜びとしなければならないであろう。その次には夢と希望が持てる新町誕生のお祝いも待っていることであるからである。
 
ただ、これらと共に町村会や土木振興会など、地域の共通した地域づくりや事業を実施してきた機関まで閉所式となり、行政財政改革の一端と言えども、将来このままなくしてしまってよいのだろうか。地域の連携や地域間(隣接町村間など)の課題解決に、支障は来たさないのだろうかと憂いてならない。自律(自立)の名の響きはとてもよいが、高度成長期やバブル時代の余韻をいつまでも残しているかのように思えてならない。三位一体改革の全体像が見えてくればくるほど、一町村のみならず地域の問題として捉えて協調・協働していかなければならない。地域の強い(賢いでなく強引)首長が得を見るような地域づくりは、決して本来の自律にもならず、むしろ、おいていかれてしまうことも考えられる。川も道路も町村ごとに分断されているのではない。小さい町村が協調しあって始めて地域が成り立っていくものと思う。合併が実らなかった小さい町村こそ連携できる町村(町村会のような仲間)が必要となってくるのではないだろうか。 

町村会も一応は幹事町村が事務局を持って連絡を取られるようであるが、町村会の事務局があればこそ時に異なる町村間の意見調整等も出来てきたと思う。幹事町村と言えども直接異なる意見をまとめることは大変なエネルギーが必要となろう。土木振興会も確かに今までは利益があったので運営もしやすかったことは事実であろう。今後もお互いが少ない分担金で技術者を雇用でき運営していくことも可能であろう。アウトソーシングは単に既存の組織より他の組織(この場合は民間となる)に委託すればよいと言うものではない。逆に負担が多くなる可能性のほうが高い。今更何を言うかとお叱りを受けるかもしれないが、決めたからにはやむを得ないが、合併後の新しい枠組みが決まってから、よく考えてみることも必要であろう。それこそよい意味の朝令暮改は恥ずかしいことではない。どこかのトップも感じているかと思うが、まちづくりや地域づくりは一人では出来ないものなのです。人と人との連携、町と村や市との連携が合ってこそ、地域づくりは成し遂げられるものと思う。今回の実験的(私が勝手にそう考えてみました)な組織解消は早く結果を求め結論を出すべきであろう。いずれをとっても私たち県会議員の役目と責任はより重いものとなる。しっかり学習と研鑽を今まで以上に実践していかなければと思う。

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