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 6月定例会が開会された。田中知事にとって最後の県議会において提案説明がされた。その最後に8月の知事選挙に向けて出馬を表明された。そのこと事態不自然でもなく当然の権利を主張しただけである。私たちは少なくとも田中知事の県政運営に対し「是々非々」で相対してきたが、是より非が多くそれを是正させようと努力したが、逆に敵対視されてきたことは周知の通りである。

 議会活動を通じて田中知事の県政運営上、ガラス張りの県政を標榜し情報公開を積極的に県民に示します。と言いながら実態は全く逆であるばかりでなく、県民主体でなく自分中心の県政で不透明な予算編成など、疑惑が明らかにされてきたことも事実である。それらが100条委員会審査の過程でより明確に新たな事実として確認もされたのである。

 多くの県議はこのままでは県民の利益につながらない。長野県を作り直さなければならない、と等しく考えていたことと思う。しかし、いざ本当に変えなければならないと思って行動した人は何人いるのだろうか。敢えてお叱りを承知で言わせていただく。挑戦者が後から意思表示(実際には若林氏が表明しているが)をしなければならない情況になったことは、少なからず私たち県議会議員にも責任の一端はあるのではないか。本当に現在の県政の仕組みを変えようと思っているのか。残された時間は少ないので傍観者であってはならない。

少なくとも結果を見て評論家になってみたり、他人を非難するようなことがあってはならない。県議会議員として原点に戻るべきである。自ずと自らが何をしなければならないかが分かるはずである。あの方は出るだろう、出てもらいたいなどと想像の世界を語っているだけでは解決しない。あれはダメこれはダメと言っているだけでなく、真実は何かと現実をもう一度しっかり見つめなおせば答えは出るはずだ。後悔のない「夏の陣」を迎えたいものである。

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 「夏の陣」に向けて同僚議員の皆さんも積極的に動き始めたことは良いことである。一月遅い感はあるがやむを得ない面もある。ただ、中には本人が出る意思が少ない方や出ないと言っていた方などを表に出そうとしている向きもある。この方法で予定者を決定していくことに県民は本当に望んでいるのだろうか。また、「政党間協議」3~4ヵ月前の話であるならば、もっと素直な関係で協議に入れたのであろうが、この場に及んではそうは行かないであろう。ここまで引き伸ばしてしまった責任は大きい。

 そもそも県民は政党間協議で候補予定者を決定する方法も望んでいない。「考える会」で自信を持って予定者を推薦できないで、その収拾のために政党間協議を進めても正直意味は無い。20日と言う約束の期限があるので一応は尊重したいが、期待してもよいのだろうか。

 ここまできたらもっと現実を見つめて議論をし、判断していかなければならないと思う。2ヶ月前と同じ過ちを繰り返すべきではない。また、4年前・6年前と同じ絵を描いてはならないのだ。なぜかそのような方向に進んでいるかのように見えてならない。

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 朝の散歩も長野へくると日課となっている。コースは日によって異なるが同じ道を歩いている。道端の庭先に咲く花などが日ごとに彩を変えていく姿を見るのも楽しみの一つだ。起床時刻によってスタートが異なるが気持ちよい汗を感じることには変わりは無い。
 
 ただ微妙に五感に伝わってくるものが違う。いつも行きかう人との違いや人の数、同じようでいてどこか違う家並みと草花、なぜか耳に入ってくる音の違い、鼻につく匂いなどなど。わずか数十分の違いだけであるのにである。地域社会がまさに活動している証であろう。今朝はしみじみそれらを感じながら新しい発見をしたような気分になった。

 しかし、どこか今の県議会、とりわけ「夏の陣」に向けての動きに重ねて見えてくる。入ってくる情報の確認作業をしながら、同僚と常に情報交換をしているのだが、今確認したはずの朗報が数分後には打ち消されてしまったりするのである。散歩もその目的・目標もゴールも同じであるが、時にコースを変えて行き止まりとなって引き返すこともあるなど、その過程ではさまざまな変化がある。それでも必ずゴールには予定した時刻にたどり着くことが出来る。

 「夏の陣」の動きはどうだろうか。目標は分かっているはずなのに、コースがやたらと変わってしまう。しかも行き止まりでも引き返そうとせず、道なき道を強引に行こうとしている。周りで気がついても注意してくれる人もいない。これでは目標としている時刻にゴールできなくなってしまう。気がついてみたら目標物がなくなってしまい、自らも疲れ果て自分の場所もなくなってしまっていた。悪い夢を見ているようであるが、あながち違いが無いように思える。

 団体スポーツでもそうだが勝負の形勢が悪くなってきたり、疲れてきたら周囲のチームメイトが声を掛け合い劣勢を挽回しようとする。控えにいる仲間も大きな声を出し元気付けてくれる。同じ目標に向かっているからである。勝負に勝とうとしているからである。目標に向かい全力を尽くしきるから、目標を達成したとき喜びも倍増するのである。

 スポーツは勝負に負けても自分たちのチームだけの反省ですむ。勿論周囲の人たちの応援や期待にこたえられなかった責任はついてまわるが、この次勝てば次ぎにつながることが出来る。この「夏の陣」はそんな単純な結論は出せれない。220万県民の生活を豊かにさせ、幸福や夢をかなえさせるためにもよい結果をださなければならない。

 そのために県議一人一人が、今のポジションで何をしなければならないか、ドイツで開催されているサッカーのように、単純にボールだけを追いかけるのでなく、目指すゴールに向かってボールの行く先を読み、それぞれが自分のポジションを有利な場所に移しいつボールが来ても処理できる体制をつくることが大切である。目標は一つであるので自分勝手な行動も、知らないうちにミスを犯そうとしている仲間を見て、みない振りでいることも許されるときではない。声を掛け合うことによって目標を見失うことも無く、思いを達成させることになるのではないか。

 散歩の話を「チョットいっぷく」コーナーに書き込もうとしたが、途中から現実と重なってしまったため、「私の意見」として載せる事にした。同僚県議の皆さんの率直な意見を聞きたいものである。

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 長野県のトップを決める動きも今まではお互いの腹を探りあっているような状況であったが、ようやく現実的な行動が見えてきた。お互いに思っていることを話しあってこそ、長野県の目指す改革を持続させながら、壊れた長野県をつくり直してくれる人は誰が相応しいのか見えてくる。時間がかかっているがこの世界は手続き論が優先されてくるので仕方がないのかとも思われる。しかし予定されている当事者にしてみれば、時間的余裕がなくなってきていることには代わりが無い。

 志昂会では4日安部守一氏と意見交換をした。阿部氏は話の中で、同じ総務省の務台氏が不出馬声明を明らかにしたことを踏まえ、長野県の現状を憂い、長野県のために汗を流したいと強い意欲は見られた。志昂会として出馬要請をしたものではない。志昂会では若林健太氏とも意見交換をしてきている。橋本要人氏には電話で直接意思の確認をした。羽田雄一郎参議院議員にも話を伺っている。本人がどのように長野県の情況を考え、どのように長野県の将来を考えているのか確かめたいからである。

 自ら出馬の意思が無い人や、他人の支持任せだけであるならば当然のことながら対象からはずしていかざるを得ないのである。その一つ一つの確認作業があって初めて、本当に県民のために尽くしていただける候補が絞られてくるのではないか。そして早く県民の皆さんに堂々とご報告していくことが出来るのではないだろうか。県民の皆さんはそのことを一日千秋の思いで待っていてくれると思う。  

 もっと具体的にご報告できるのかなと思ったが、一夜明けると情勢が変化するなど、ままならないものである。多くの人たちと本音の意見交換をし、早く結果を出していくべきであろう。そして出馬を表明した方が長野県の将来についての考えを県民に語ることが必要である。何とも言えないすっきりしない毎日である。残念だが、まだ腹の探りあいが続くのだろうか。 (4日・5日・6日にかけての毎日の情況が変わっていました)

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