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 20日の県教育委員会定例会で先の県議会臨時会において、高校の統廃合についての議案採決の結果を踏まえて協議がされた。その結果「批判は真摯に受け止め反省しなければならない」とし、統合案の見直し等を含めて検討されるとのことである。また、多部制・単位制の計画案については、一部の受け入れ見込みされている高校以外は白紙に戻し検討をしたい、とのコメントされていた。議会や地域の意向を考慮した判断を評価したい。

 県教委の委員個々の責任問題は、再編等の手法の反省に立ち責任の重大さと、県教育委員会の独立性を考え慎重な対応を示したことも評価できる。現在委員が辞職したから問題がすべて解決できるものではない。むしろ自ら引き起こした問題を一層混乱させるだけである。ここは冷静に判断して議会や県民の意向を県教委として分析し、今後の長野県の高校のあり方に向けて、責任ある判断を示し説明責任を果たすことが必要ではないだろうか。

 私も19日、多部制・単位制の計画案については、県内4通学区にすべて一校ずつ必要とは思えない。野沢南高校を含め地域の実情と実態を再度調査するためにも一旦白紙に戻すべきだ。高校を残したいために多部制・単位制の計画案導入を考えることはいかがか。それらを含め現在の定時制の充実をはかることなど検討が必要である。また、統合問題の基本的考え方は堅持しながら、しっかり見直しを図る必要がある。それらを解決に向けて収拾を図ることが委員長の責任であろう。と県教育委員会にご提言させていただいた。

 今後は県教育委員会で責任ある方向付けを検討され、議会や高校・中学の現場を含め責任ある協議をしていくことが求められていると思う。将来の長野県教育に汚点を残さないよう努力をしていくべきであろう。

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 臨時会閉会後自宅へ戻ったら元県教育委員会委員長職務代理者の小林正人先生から贈り物が届いていた。丁寧に二重の角封筒に入っていたものは一冊の本であった。以前お行き会いした折にお話されていた、川田殖(しげる)先生の「いまこそ人間教育を」の本が入っていた。添えられていた手紙には『村井県政にとって信州教育再生のためには得がたき人格と存じます』と達筆なペン書きで記されていた。

 川田殖先生の名前は知る由もなかったが、小林正人先生から「ご苦労されて哲学を学ばれ、長野県の教育に大きな貢献をされた方で、今は長野県の佐久市に住まいをもたれて生活をされています」と以前にお聞きしていただけである。教育の本というだけで恐る恐るページをまくり読み始めてみた。70歳を前に日本聾学校の校長に赴任したときの話から始まった書き出しは、決して面白さはなかったが自分を偉ぶらない謙虚さが不思議と新鮮味を感じた。

 最初の項で「教育の目のつけどころは、私の言い方を許してもらえれば、現実の人間を真実の人間へと育てるいとなみを、時代の中で新しくとらえ直すことであり、その中心には慈愛と信頼のうちに伝えられる人格的真実がなくてはならないのである」(このことについてはすでに繰り返し、信州の各地で語ってきた。)と記されていた。信州の教育に何らかの影響があるのかと興味半分で一気に読んでしまった。

 最後の「木村素衛先生を偲ぶ」の項で、川田先生ばかりでなく木村素衛(もともり)先生が長野県の教育に大きく関わり、信州で教鞭をとられていた心ある教師たちと教育の本髄を究めてこられた。「しっかりした考えと、しっかりした実践と、しっかりした人格の三つが本当に結びつくことによって本当の教育が出来る。」と木村教育哲学を教師たちに感動を与え、信州教育の基礎を作り上げた人でもあった。

 私も感動した文面は多くあったがここで全てを紹介できないのは残念であるが、現在の長野県教育を見たとき、少なくとも教師の皆さんは必読であろうと感じた。また、県高校教育の整備見直しなど、多くの課題を背負っている県教育委員会も、本来の教育は何であるか、何を求めるべきかを明確にし、「教育は教えながら教えてもらう」原点を思い起こすことが、今求められているのではないだろうか。教育改革は時に足踏みをしたり、時に後戻りしながら、余り急ぎすぎずに真の教育を目指すために見直すことも必要ではないだろうか。

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