現在位置:ホーム»としみつTime'sトップ»記事一覧ページ

 県議会も定例会が終わり来週からは各委員会ごとの現地調査となる。現地調査は議員にとっても大切な政務調査活動の一環である。現地の現況を知り現地の声を聞き、現地の職員と懇談してこそ、地域の課題が明確に知ることが出来る。その上で地域の課題に向けての対策を含め、長野県全体の施策の方向を見出すことが出来ることとなる。

 一期経験をさせていただいて感じることがある。現地調査に合わせて各市町村から陳情を受けることが多い。陳情は各地域の発展のため、地域づくりのための願望が強く読み取れることが出来るので、陳情を受けることは非常に大切なことでもある。ただ、陳情を受ける委員会(県議会)側の受け方に、いささか違和感を感じるものである。長い間市町村長を待っていただいた上に、陳情の趣旨説明を受けた後、若干の質問もあるときもあるが、陳情の多くは聞き及ぶだけである。

 議会は市町村と県は対等・県民の視線に立ってと常に言いながら、その委員長の口上も、実は県議会の立場から聞いてやると言うように聞こえてならない。私ですらそのように感じられるとなれば、陳情に来た市町村長さんたちは、なおさらそのように感じているのではないか。しかも、その後、委員会としての審議過程なり結果なり、どのように対処したか報告はされているのだろうか。少なくともわが地域ではないと聞いている。

 確かに議員個々においては、一般質問で県の考えをただしたり、各部局の担当職員に直接話したりして、地域の課題を伝え対応している。しかし、委員会として公式に陳情を受けたからには、しっかり後の対処を行い、誠意を持って答えるべきではないか。今の陳情の受け方は委員としても、地元議員としてオブザーバー出席している場合においても、素直に賛同できるものではない。むしろ時間を十分取りお互いに課題解決に向けて活発な意見交換をするほうが良いと思う。この辺で根本的に考え改める時期ではないか。私も社会衛生副委員長の任を頂いたので、他人事と思わないで真剣に考えていきたいと思う。

|

 6月定例会が閉会し、一夜明けた10日の各報道機関は、県議会の採決結果等を知らせていた。各紙淺川穴あきダム関係を中心に報じられていたが、ある新聞は「脱ダム宣言でストップしたダム計画に切り替わり、住民の賛否が分かれたまま、再び建設へ動き出した。」と報道されていたが、やや疑問を感じたと言うより違和感のようなものを感じた。更に、「治水への住民参加の道も示されぬまま、住民の多くが流域の安全に納得できる日はまだ見えていない」とまで書かれていた。

 「住民の賛否が分かれたまま」とあるが、賛否が合意される日が来ると思っているのだろうか。少しでも近づけることは必要であるが、賛否が全て合意されることは不可能であろう。民主主義国家の日本は、多くの住民の意見を聞き事業が進められている。反対が全くゼロで進む事業はおそらく皆無に等しい。賛否はあって当然であるが、それでも辛抱強く住民や関係者の声を聞きながら、理解を求めるべき何回も資料も提出し、説明会を実施している。その上で少数の意見も尊重しながら、多数の意見を汲み取り事業が進められる。

 賛否が分かれたままではなく、「賛否の議論が尽くされた結果、ようやく穴あきダム建設に決定が下された。」のではないのか。この問題は賛否がなくなり完全に合意することは出来ないと思う。それとも完全な合意が得られるまで、永遠と合意できる可能性のない議論を続け、流域住民の危険を放置したままでも良いと言うのだろうか。政を司る者は賛否の多数意見を尊重しどちらかに決断を下さなくてはならない。また、下すべきである。

 「住民参加の道も示されぬまま」とあるが、これもかつての議会で条例まで制定し住民の参加を得て検討会や協議会が進められてきている。しかも協議会への参加は自由であった。既に住民参加で議論を尽くしてきたのである。「住民の多くが流域の安全に納得できる日はまだ見えていない」ではなく、『納得できない人もいるが、住民の多くはやっと安堵の日を迎えた』ではないだろうか。

 影響の大きい新聞等は、物事をあらゆる角度から冷静沈着に見つめた上で、慎重に記事を書くべきではないか。この淺川の問題は昨日今日始まった問題ではない。長い年月をかけ、時には県政のトップや県議会の様を変えてきた問題である。それだけに携った為政者や関係者は、慎重の上にも慎重に住民の声を聞き、学識経験者の意見を聞き、専門の学者の調査研究結果を聞き結論に至っているのである。

 我々県議会議員も単純に賛否の結論の判断をしているのではない。時には苦渋の判断をしなければならないときもあるが、この淺川問題は苦渋で出なく、議論を尽くした上での当然の判断であると思う。議論に参加していない県民を惑わせるような、ただ面白おかしく問題を歪曲したような書き方でなく、問題の課題を認識された上で記事を書いていただきたいものである。

|