冷静になろう、冷静になろうと思うほど悔しさがこみ上げてくる。「山口村越県合併問題」、なぜここまで問題を混乱させなければならのいのか。一人のエゴとしか言えない思慮行動により、当事者の山口村を始め中津川市及び合併参加町村の皆さん、長野県民及び県議会、総務省の皆さん、担当される県職員のみなさんなど、多くの善良な市民の心身を苦しめている。それが県の知事だから始末に終えない。
本日の総務委員会においても、各委員の質問に対しても苦しい答弁であることは理解できるが、納得はできるものではない。担当職員のほとんどは分かっているけどどうしようもない。という姿しか見受けられない。田中知事も知事としての義務を怠っているが、職員も自らの県民のための奉仕を放棄していることにもつながる。もちろん直接携わり、知事に直接ものを言える機会がある部局長だ。わがまま放題の田中知事の配下だけに、気の毒と思えないわけでもないが、地方自治を良く知りその法を遵守し職務を全うされているプロだけに、現状の姿を見逃していることは辛苦の言葉を投げかけられても仕方ないだろう。
小林総務部長も議会が議案提出できると判断した総務省の見解を、県としては法律上そうのような解釈はできないと答えていた。確かに自治法の解釈は小林部長の答えは間違っていないと思う。ただ、法は事務手続き上の知事の義務違反となることは想定していない。そのために総務省各局の課長の皆さんが、この現実に起きた事例に対しあらゆる角度から判断し、法の解釈をまとめたものである。いわゆるこの問題に対する今後の先例となる判断を下したことになるのだ。県のいや田中知事の都合だけを考えた、ものの判断はこの際やめるべきではないだろうか。しかも今や副知事のいない中で、自他共に県のナンバー2となっている松林経営戦略局長は、全く他人事のごとくの態度はより腹立たしさを感じた。
今の県政運営は山口村は勿論だが、この越県合併問題を取り上げただけでも、幅広い分野で県民の生活に支障をきたしているのだ。議会もただ勝手に文句を言っているだけではない。県民のために政治生命を賭け課題の判断と決断をしているのだ。知事の良いことはよい、悪いことは悪いとなぜ言えないのだろうか。ともに勇気を出そうじゃないか。それこそ長野県は溶けてしまう。
12月定例会を前に思うことは、県財政改革推進プログラムの見直しをした矢先に、多額な無駄使いをしようとしている議案書を見て、なぜ今なのか、県民にどう説明すれば理解を得ることができるのか。心痛む課題が山積している。大きな出来事に結びつかないよう祈るばかりだ。

