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意味不明な記者会見
28日の16年度最後の知事会見を見させて頂いた。相も変わらず意味不明の会見内容であった。意味不明のみならず報道記者たちの質問に対し、真剣に答えようとしていない。その上、田中知事が長野県知事としての判断、考え方を求めた質問にもほとんど答えていない。答えていないと言うよりも、県知事としての自覚と思考感がまるでない。答えを逆に質問をした報道記者に求めている。なんと愚かで情けない県知事なのかと感じざるを得ない。報道関係記者もかなり辛抱強いなと思った。反面この姿が県議会に対してもそっくり同じことかと思ったら、むしろ怒りを覚えてきた。しかもホームページ上では質問者の記者名が書かれ、田中知事の欄が『信州知事・田中康夫』と書かれている。いつか指摘しようと思っていたが、いつから長野県が信州県になったのか。特に固有名詞は正しい文言で記すべきであろう。事業名や長野県を象徴するような宣伝等には、信州・信濃など使用はされても信州知事は存在していない。秘書広報チームは直ぐに訂正するべきであろう。

充実感あふれた議会活動の一年であった
 平成16年があと2日で幕を閉じ、新しい年を迎えようとしている。あっという間の一年であったように思える。考えてみれば、住基ネットから始まり、泰阜村を巻き込んだ住所問題、特定任期付職員、県職員による事故等の扱い方・処理・自己責任、経営戦略局の権限集中化に関する事業のあり方、山口村の越県合併まで、数え始めればきりがないほど田中知事を中心として引き起こされた事ばかりである。無意味な知事の行動により県も県議会も、無用な時間を費やし引きずり回されてしまった感がある。これらに関する議会活動は、ただ空しさと虚脱感さえ感じ、素直に喜べない一年であった。それら以外の議会活動は充実感あふれる、実り多き一年であったと思える。県職員の諸君には調査活動や県議会活動の中で、大いに議論を戦わせ県民のための施策論争してきたことに感謝申し上げたい。必ずやそのことが県民のための施策として、近い将来00事業と活字となって現れてくることであろう。期待したいものだ。また、充実した年となった要因は他にもある。志昂会の面々の努力は勿論自己評価の中でも高い点数を上げるべきとは思うが、先輩県議の皆さんが私たちの議会活動に対し、温かく迎え入れてくれたことと、温もりのあるご指導・ご助言を頂いたことである。心から感謝を申し上げたい。先輩県議と対等の立場で議論が戦わせることができ、時に私たちの意見も聞き入れてくれることも少なくなかった。少なからず封建的な議会村を県民は想像するだろうが、実態は大きく改善されている。逆に長野県知事と県職員の関係は、信頼関係は喪失され、政策的にも大きくかけ離れている事が判明されている。私たちは来る年も220万県民の福祉向上を願い、一層田中知事とも県政上の論戦を大いに戦わしていきたい。知事に置かれても課題の焦点をはぐらかさないで、真剣に対応していただきたいと願うものである。報道機関の皆さんも含め多くの県民の皆さん、勇気と活力を頂いた後援会の皆さんに感謝を申し上げ、引き続きの叱咤激励賜わりますことをお願い申し上げ、希望の持てる新年を迎えたいと思います。一年間ありがとうございました。よいお年をお迎えください。

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山口村関連・申請判断を越年
 知事と議長・総務委員長との会談が終わった。副議長と私も立会いをさせていただいた。結論から言うと年内の申請は無いとの結論のようである。ただ新年早々には決断はされるようであるが、良識ある判断を期待したいものである。会談をお聞きしていて疑問に思ったことは、なぜ知事が今になり総務省の見解を気になさるのか。なぜ県民でありながら引き裂かれていかれる人々の、(合併に反対の人たちの)ケアはどうするのかを議会に今問うのか、不思議でならない。ちょうど本会議での委員長報告の後の質疑で、I 議員が合併後の長野県をどうするか、ということと通じる点があると思う。
  総務省見解については当然のことながら、議案を提出する義務がある理事者側で、見解を事前に知りうるべき事務的手続きそのものであると思う。自らが職務を放棄したうえ職員の職務事務まで拘束し、議会にその調査を求めさせた知事が、自ら知りえている内容を今更議会に確認しようとは甚だおかしいことだ。第一本日の会談は知事が求められて議長等をお呼びになったのではないのか。ご自分に課せられた「申請」という義務を、いつどのように果たすのか、その判断をお伝えすれば済むことではないのか。いたずらに引き伸ばすつもりは無いとの事であるが、加藤村長も言われていたが不安の中で新年を迎えるのでなく、「村民の苦しい胸の内を年内に解消してほしい」との気持ちは当然のことであろう。
 
 長野県としてのケアをどうするのか。長野県はどうなるのか。これらの問いは非常に愚問だ。山口村の越県合併について調査及び議論する場合は、当然ながらそれら(ケアなど)を含め議論がされてきているはずだ。新しい新市計画の中にはハード事業ばかりではない、そのような新しい市民の心のケアも当然含まれ、真摯に 受け止められている。岐阜県のことは岐阜県にお任せするしかない。新中津川市のことは新中津川市、地域のことはそこに住む地域の皆さんにお任せするしかない。長野県のことは当然長野県知事がお考えになることだ。長野県議会はその施策(ケアも含む)に対し良否の検証をし、車の両輪のごとく議会でできる可能な限りのサポートをすることである。そのことを少なくとも長野県議会議員の大多数は認識されてこの問題に取り組まれているのだ。委員会審査においても各委員はその認識の上に立ち、山口村の越県合併について議論がなされてきたのだ。その結果が委員会の応えであり、本会議での結果であろう。県議会もただ勝手に行くものは行きなさいという考え方ではない。そのことを問う前にご自分の長野県知事としての義務を果たすべきではないか。問題をこじらせ住民間を険悪にしている知事の優柔不断で、いたずらに決断を延ばしていることを止めることこそが、住民のケアにつながることであることを知るべきだ。あまりにも知事として天邪鬼の考え方ではなく、県民を思う真っ当な知事として目を覚ますべきだ。相手の話の揚げ足ばかりを取って屁理屈をいっている人だと思えたのは、私だけではなかったと思う。

議会の進言を無視し、新潟へ
 
 26日は予告どおり知事は新潟県へ県民の浄財である義援金を、長野県産の物産・物資に買い換えて知事自らが山古志村等へ配布しに行った。総務委員会でもあれだけ時間を割いて物資でなく義援金で送るべきだ。と言ってきたが一向に聞く耳を持たず、県民から頂いた物資も送るべきときに送らず、まだ滞っているというのに無理やり実施してしまう。県議会の議論や決議を無視しての行為は全く腹立たしいことだ。しかも新潟の被災地では全国から送られた支援物資を、被災住民に行き渡ったためちょうどその日にチャリテーバザーをし、被災者が望んでいる現金に換えて被災者に配布したいと報道されていた。長野県は何とちぐはぐな無駄なことをしているのだろう。恥ずかしくないのか。物資を仮に持っていくだけであるならば、知事がわざわざご自分が行かなくてもすむ問題だ。何を被災者のためにしようとしているのか。今被災者にしなければならないことは何か。その分別も分からなくなっているのか。東京から新潟へ飛行機でいかれたそうだが、その費用はどうなっているのだろうか。まさか、県が負担しているのではないだろうね。一日だけで本当に3300戸も配布できたのか。一年のまとめをする御用納めの直前に、さもなくとも多忙な県職員を自主的ボランテアとしながらも、知事の命令で強制的に行かせる手法は、自分だけを目立たさせる独裁者のやり方そのものではないか。確かに災害直後の知事が示された指示は(行動はともかく)、過去の経験からのことであるので評価はできたが、この時にきてからの一連の指示と行動は全くナンセンスだ。いい加減に県民やその代表の議会、そして職員の声を真摯に受け止めるべきではないか。そして本当に山口村や長野県の施策を考え、いつまでも県民や当事者を弄ぶのでなく、良識ある判断を下すべきときであると思う。課題を年越しにすることも良いこともあるが、通常は解決させて年越ししようとするのが、常識ある為政者・人間の考えではないだろうか。

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 12月定例会の一般質問での田中知事の答弁は、まさに病気的ご乱行の態である。志昂会の清水保幸君の質問した「住所問題」を始め、山口村の越県合併など知事田中康夫は消えてしまっている。今、本会議場で答弁している人は、知事でなく田中康夫そのものである。知事で無いから本来議場へは入れないはずであるが・・・。  少なくとも多くの県会議員と知事との信頼関係は無くなっている。質問する方も何故か不安げな気持ちで質問席に立たざるを得ないようだ。私もそうであったが終わってもやるせなさ、焦燥感が漂よっているようだ。長野県知事であれば誠意ある答弁が帰ってくるはずである。そして明日の長野県に向けての論戦が交わされ、お互いに施策に結び付けられるやり取りの中で、県民益となる結果が導き出され、両者とも満足感と充実感にあふれることであろう。今は個人田仲康夫だけに、ただ時間の浪費であり、何も得るものも無く、到底県民益につながるものは無い。さびしい限りである。
 ただ、ひとつだけ暗闇の中に明かりが、少し見え始めたのかとも思える事もあった。青山出納長が自分の考えと、現実を語り始めてくれたことだ。以前私は青山出納長が一番身近で言わなければならない人だと、HPにも書いてきた。ようやくその日が来たのかと思えば、何故か勇気が出てきた。青山出納長の発言に感謝したい。まだ県会議員として仕事ができるぞ。県民のために働くことができるぞ、と希望がわいてきた。青山出納長には、是非今のままを貫き通して頂きたい。そして願わくば、もっとものの言える幹部職員の養成をしていただきたいものだ。県民にも希望を分かち与え、この財政危機を共に乗り越え、県民とともに明日の長野県づくりの絵を書き、活気を取り戻したいものだ。
 

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 一般質問が始まった今日の12月定例会の模様が、各報道機関が一斉に山口村の越県合併を中心に報道されていた。県民にタイムリーに県議会の知事と議員とのやり取りを、テレビの画面を通して知らせることは大変良いことだ。県民が県政に関心を高め、県民が地元の議員とともにテレビを通じ県政に参加することにつながる。熱心な取材活動にも感謝したい。ただ、本日夕方のあるテレビ局のニュースを見て、不穏当な言葉を使用し報道されていたことが、残念というより憤りを感じた。山口村の越県合併についてのニュースのことだ。県議会が田中知事に議案提出をするべき、各議員が執拗に問い質した。議員のほとんどは知事が当然職務上速やかに議案提出するべきであると考えている。

そのことに対し「県議会は議案提出を知事が行うべきとし、議会が議案提出をできるものの、得策と考えている」というような内容のコメント流していた。

今回の山口村の越県合併関連議案は、知事の職務義務なのである。確かに知事が提出を見送った場合は、総務省見解で議会提案も可能であることも知らされたばかりである。しかし、議会は今回の事態をいろいろの角度から検証し、山口村や長野県の将来を考えた場合、知事が議案提出することがもっとも望ましいし、混乱を避けることができることと判断しているのである。20日まで会期がある県議会の中で知事の提出を心待ちしているのだ。決して議会はこの問題から逃げているものでもないし、他意は全く無い。以前の県会ではあるいはそのようなこともあったかもしれない。現在の県会は真正面から正々堂々と県政議論を戦わせている。そのような損得などと姑息な手法は毛頭考えてはいない。いかにも県会と知事との二項対立を、あえてイメージさせるような報道は慎むべきだ。今の県会はもっと真剣に冷静に考え行動をしていることを気づくべきだ。何らかの形で今後の報道の中で修正を試みてほしいものだ。

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 2日の本会議終了後、スペシャルオリンピックス冬季世界大会・長野支援議員連盟総会が開催された。すでにマスコミ等で本大会の県からの財政支援について質疑が活発に行われた。盛田GOC実行委員長から資金要請に至る経過と、お詫びの挨拶がされた。決してお世辞にも真から「済まない」という雰囲気は伝わってこなかった。この問題を管轄する村石社会衛生委員長から、GOC盛田理事長を中心に質疑が行われ疑問点を質した。私もかねてから組織上の基本的問題、不自然さが目立つ組織の活動等を盛田理事長に質問をした。

私たちは知的発達障害者の日常の生活支援、就労支援、スポーツ等の支援など社会的参加については、大いに支援するものであることを強調しておきたい。

* GOCとSOI間に結ばれた協定書、GOCとSONA間で結ばれた業務契約書について 、GOC理事長としてどのように捉えているかを訊ねた。

: 結論を先に言えば、協定書・業務契約書の公文書の重みに対する認識が大変不足していると感じた。このことが全ての活動行為につながっていることに気がついていないようだ。と言うよりそのまま現在の財政支援要請につながっていることが重要点なのだ。応えも全く理解しがたい内容であった。

* GOCとSOIとの協定書に、SONの細川佳代子理事長も署名されている。GOCの立ち上げの経緯から見ても、細川佳代子理事長の責任等について、GOCの立場からどう解釈するかを訊ねた。

: 盛田理事長は明解な回答はしなかった。むしろ全責任は私にあるといわれた。そうだろうか。少なからず通常の契約の場合は、署名をするということはその契約に対し責任を共有するということになるのではないか。全て盛田理事長が責任を取れるのであれば、問題は全て解決できるはずだ。寄付金を集めるといいながら、認識不足のため集まらなかったので、国や県から補助金を出してほしいと、詫びれる気持ちも表さずにお願いをしてくる。だから元親であるSONの責任を問いたくなってくるのは当然であろう。

いずれにしても多くの質問をしてみたが、納得できる回答は得られなかった。
できるはずが無い。協定書・業務契約書の「重み」が分からないで、28億円もの予算の世界大会をいとも簡単にやろうとする。そもそも28億円の予算内で運営の委託を受けたSONAではあるが、その実施本体の実行委員会はGOCなのである。だから本年7月14日以降は一切SONAの分野である。といっても今回の世界大会に向けて7月13日まで行ってきた事業、これからもSONAに約束してある28億円の寄付金を集める作業も、GOCの責任であるのは当然ながら、SONAの大会運営にも全てリンクしてくる問題だ。だからGOCの会計処理内容が不透明であってはならないのである。このような金の流れというより、根本的な原点に基づいた社会的通念上の問題を、盛田理事長ばかりでなくSON・GOC・SONA・県も正しく共有するべきだ。

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 「三位一体改革は地方分権改革の原点に立ち返り、地方が住民と向き合いながら地域の実情やニーズに応じて、地方の最良で創意工夫を生かすことができる、真の分権型社会を実現すべく取り組む」。田中知事の12月定例会の議案説明の中で語っていた。田中知事に三位一体改革や民主主義を語る資格は無いだろう。自らが民主主義をいかにも高らかに掲げながら、やっていることは民主主義を全く冒涜し踏みにじむ行為を繰り返している。

 「長野県知事としてたとえ、相対的に少数者であろうとも、長野県民であり続けたいと願う方々を護らなければならぬ責務がある」。民主主義の原点は何か知っていて、言っているのだろうか。長野県知事としての職務を忘れ、ただ田中康夫個人の考え方、個人の思想感で県民の多数の意向には耳も傾けず、いかにも真剣に考えたと見せかけのパホォーマンスと、ゼスチャーたっぷりの演技を見せ、県民をだまそうとしている。強権政治というより無知で自らの決断ができず、田中思想(田中教祖)に共鳴してくれる人のみの意見を取り上げ、それらの信者の声を政治的判断にしている。全く恐ろしいことだ。山口村の越県合併の経緯や、今後の影響は改めて記すまでも無い。

県民は馬鹿ではないぞ

 田中康夫は長野県知事でなく似非(えせ)長野県知事ではないのか。就任以来改革の名において、ことごとく長野県を壊し続けてきた。壊したあとの長野県をどうするのか、どうするべきかの確たる考えを持たず、わけの分からない文筆家的な言葉の遊びを繰り返しているのみとしか思えない。「県議会の皆さんと腹蔵なき議論を戦わせていただきたく存じます」と言われるならば、台湾辺りへ行き、長野県のりんごを宣伝に行くのでなく、後日の文筆活動のために田中康夫を売りに行くようなことはしないで、しっかり腰をすえて休日を返上して、県議会と議論をするべきではないか。自分で国外へ逃げまくっていて、いざ議論をしようとすると本筋から逃げ、最後は『議会の皆さんは何をお考えになっておられるのか、私には理解しがたい。』と蚊の鳴くような声で、県議会の人たちは私を単にいじめ苦しめている。と言うようなコメントを報道機関の前で演技し、県民の純真な心に訴えようとする姿が眼に浮かぶようだ。そのような手法は、今の県民には通用しない。県民も馬鹿ではないし盲目ではない。住所も定まらず、選挙権も無い、民主主義を冒涜し、壊してもつくれず、自分の回りは田中教の信者を集めやりたい放題、県民移りのよい美辞麗句でごまかし、国のことは批判できるが自分のことは棚に上げしている。そんな長野県知事に愛想を尽かしていることに気がつかないことが、むしろ哀れにも思える。それ以上に県民が哀れな日々を繰り返しているのだ。

病院で診察が必要な田中知事

残り約2年任期を無駄にしないために、今からでも遅くは無い、本当の県民益を目指し、目を覚ましていただきたいものだ。もっともブラジルの日本語版新聞に書かれていた記事を見る限り、田中知事をあきらめるより仕方が無いかもしれない。誤解をされてはいけないので、大方の皆さんはご存知かと思うが、現地日本語版の新聞の記事を紹介しよう。
作家で日本の芸能界にも顔を出していた田中県知事は、日本では何かと騒がれているが、奇妙な行動が周りの人を驚かしている様子。日系団体との懇談などでは「カモシカ・やっしー」と呼ばれるマスコットのワッペンを常に背広の左胸につけていたが、ブラジル到着までの機内でも、縫いぐるみを隣の席に置き、食事の際には自らの飲み物とともに縫いぐるみ用としてミルクを頼み、スチュワーデスに怪訝な顔をされたとか。どうもエライ人のやることは庶民には分からない。この記事を見て情景を想像しただけでもぞっとする思いだ。隣の席のファーストクラスの航空運賃を誰が払うのかという疑問の前に、強制的に病院で診断をしてもらうよう経営戦略局は手配するべきでは無いか。ついでに長期入院の手続きをとった方がよろしいようだ。知事代行者は、経営戦略局以外は沢山いるように見受けられる。越県合併も、多くの課題もいっぺんに解決できるかもしれない。一考を要してみたらいかがか。もう田中知事に振り回される県政運営に終止符を打とうではないか。皆さん疲れていませんか。楽しく、県民とともに信頼の置ける県政運営を取り戻しましょう。

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