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 地方分権と叫ばれてから久しいが、ようやく「官から民」「国から地方」が言葉だけでなく現実味を帯びてきている。地方が自らの支出を自らの権限、責任、財源で賄う割合を増やすと共に、国と地方を通じた簡素で効率的な行政システムの構築を図る。そのために国庫補助負担金、税源移譲、地方交付税、国の関与・規制の見直しなど、いわゆる「三位一体」が盛んに議論されている。ところてん式で、どこへ行っても特徴のない地域づくりから、地域に必要なその地域だからこそ活かされる地域の再生が望まれている。だからこそ三位一体改革は大変重要であり、地方にとって地域の再生、活性化を進める上で安易な譲歩は許されない問題であろう。これらの課題の全てをこのページで論じることは不可能であるが、私たちの身近で分かりやすい課題を一つ取り上げてみたい。

 義務教育費国庫負担金をめぐる課題について考えてみる。先の全国知事会議において、この問題を多くの時間をかけて議論がなされた。わが長野県の田中知事は、義務教育は全て国の責任において、その費用を負担するべきだ。教育の機会均等を損ねてはならない。と主張され最後までその考え方を貫いておられた。私は非常に長野県教育の将来に勇気づけられ、田中知事の行動を評価したい。

 義務教育の中身についての改革や見直しは沢山ある。しかし少なくても義務教育と「義務」がつく限りは国がその費用を負担することは当然であろう。中学教育のみ国庫補助金対象からはずし、自由枠のサイドで地方の判断に委ねると言うことは、教育の地域差が拡大してしまうことが予想される。費用を国が負担しその費用の使い方と教育指導の工夫で、地域間の格差があるいは出ても肯定されることであろう。分かったような、分からないようなことを言っているが、要は教育の機会均等を守るためにも、義務教育費は国が全額負担するべきであることを強調したい。

 長野県の義務教育の現況は、いわゆる「30人規模学級」に費用負担をめぐって、県会や各地区教育委員会、市町村などで大変な議論を交わしてきた。それは30人規模学級を導入すること自体でなく、その費用の負担方法であったはずだ。「教育の機会均等」が盛んに叫ばれていたはずである。意欲ある市町村はその費用の負担をし導入を・・・。意欲はどの市町村もあるはずだ。ただ財政的問題から費用負担してまでもできる状況でない、と言うことであった。30人規模学級を進めるならば、教育の機会均等の立場や現法からしても県が全額負担するべきである、が議論の焦点であった。このことは記憶も新しいので誰でもが思い浮かべ理解できることと思う。

 今回の全国知事会議での知事のとった行動と言動は、多くの県民も評価していると思う。知事が主張された「教育の機会均等」を進める上にも、義務教育費は国庫負担とするべきだ。というその真からの訴えが評価されているのです。そこで田中知事にご提案申し上げたい。その精神に基づき本県でも「30人規模学級」の教育費負担を全額県で負担をするべきと思うがいかがでしょうか。現在県の財政が逼迫していると言いながらも、不必要な人事、不必要な県費の使用、不必要な予算配分、異常な財源の繰越状況など、一寸知事が県政運営の見直しをすれば十分可能となります。国や全国向けの知事の考え方の発信と、本県での知事の県政運営の方向が同じであるべきだ。全国に勇気ある発言をし国民の賛同を得られた田中知事の、勇気あるご決断を期待したい。

 地方分権改革は、国と地方の役割分担を明確にし、地方の自己決定権の範囲の拡大と、地方の自立性を高めることとされている。県においても、県と市町村との役割分担を明確にし、知事の言われる市町村の自立を(合併をしないで自律をと、関係なく)進めていくべきではないだろうか。

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 「心からお詫びする」「襟を正してお詫びする」、田中知事が同じ日に2回謝罪することは初めてのことだろう。素直に現実の非を認めて直ちに謝罪を自ら行ったことは評価をしたい。ただこのような過ちが繰り返されている背景は何かを見極める必要があろう。県議会が再三にわたり注意を促してきた、知事の職務に専念していないことが、ここに来て表面に現れてきていることに気づくべきだ。神妙な顔で記者会見に臨んでおられた知事は、本当にそれらの根幹を理解しているだろうか。分かって頂きたいものだ。

 「中国産はるさめ」「浄水場の汚泥排出」二つの問題が同時に発生し、問題発生後のそれぞれの現場での対処が対照的だ。ここでは問題の原因や行為等については論評をしないが、発生後の対処の最終責任者はいずれも田中知事であることは周知のとおりだ。ただ、「浄水場・・」は管轄する小林公営企業管理者が、問題発生時から表に出て対処していた。方や「中国産・・」はその責任者である県環境保全研究所長の青山貞一氏はどこにもでて来てはいない。全国的にも迷惑をかけたり、業者の信用を失墜させ、賠償請求による県の財政的損害も考えられると言うのに、現場の責任者として何をしているのだろうか。非常勤特別職だからこの場に及んでも、約束の10日以上の出勤日数になるから出てこないというのか。現場責任者としては失格であろう。(他にどうしても都合がつかない理由があったのか)安易にお仲間的な人を非常勤特別職として、迎え入れた田中知事にもその責を問われるべきであろう。検査結果の誤りだからとして検査技師だけを責めるわけにもならないだろう。大事な仕事をしているのに、ふっと沸いてきたように着任した、非常勤のしかも県内に在住しないで、非常時には直ぐ駆けつけることができない責任者を持つ、組織そのものを考えるべきではないか。

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 「スペシャルオリンピックス(SO)冬季大会」実行委員会から、総額8億円の財政支援の要請に対し、田中知事は『資金的にもきちんと協力し、大会をよりよいものにしたい』と述べ、財政支援に応じる考えを示した。と今朝の朝刊で一斉に報じられた。《地元の地方公共団体の負担分として》との事であるが、いつからそのような負担分がSO実行委員会に予算化されていただろうか。県は最初から約束をしていたのだろうか。
 県は、県財政が赤字転落となるとして、財政改革推進プログラムを大幅に改定し、財政構造改革に取り組んできました。7月14日の知事県政レポートにも、〔中長期的な県財政の状況を試算しますと、現行の財政改革推進プログラムに基づいて事務事業の見直しや投資的経費の削減、人件費の抑制に取り組んだとしても、平成17年度以降も大幅な財政赤字の発生が見込まれ、県財政は再び危機的な状況におかれています。〕と記されているが、どこから資金を得るのだろうか。しっかり説明をしていただきたいものだ。

 長野県議会スペシャルオリンピックス冬季大会・長野、支援議員連盟の発足総会においても、その後の総会においても一切資金的支援をするとしてはいない。逆に発足時においても資金的支援はないことを前提としてスタートしたはずである。いずれの総会にも必ず資金的支援はしない旨の条件で進めてきているはずである。

 県議会での「2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会の長野開催に関する決議」においても、大会の成功に向け、最大限の努力を誓うものである。と決議はしたが資金的援助はどこにも触れていない。知的障害者がより広く受け入れられる社会づくりや、県民の障害者に対する理解を一層深めることについては、当然県議会として十二分に承知していることである。長野県としての支援策は、1連絡調整会議の設置 2GOC(NPO法人)への研修派遣 3選手村用地の貸与 4職員のボランテイア参加 5広報・啓発 等であったはずである。議員連盟はこの支援策は了解済みである。

 今回の知事の資金的支援の応諾は、突然であり納得できるものではない。古田議長は事前に相談を受けたのだろうか。受けていれば当然各党、議運等の開催を求め協議をしてくるはずである。県の財政は田中康夫個人の金ではない。220万人の長野県民の公共福祉のために使うための金のはずだ。任期付特別職員等の2億円にあわせ今回の8億円、締めて10億円は、財政改革推進プログラムの計画の中に入っていたのか。いずれにしても県民や職員、各種外郭団体の見直しをし、県民総ぐるみで耐えしのいでいる現況で、どう説明をされるのか。田中知事は速やかに説明責任を果たすべきであろう。
 これは知的障害者を理解することと、現在の長野県政の財政運営のこととは、それぞれ別々に考えていくべき課題であると思う。納得できる説明がない限り私は賛成できない。

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 台風一過の夏晴れの朝を迎え爽やかなはずが、なんとも言えない憂鬱感が体中に浸透している。今私に憂鬱感にさせた原因が分かるだけに、いつまでも引きずるわけにも行かないので考えを整理したい。

 地方議会については住民はもとより多方面から、多種多様な批判や意見を頂いている。決してそれらの意見を無視するつもりは更々ない。ただ、批判等の中には議会に対する単なる感情的不信感や、合理的な根拠とは思えないものもあることも否めない事実だ。その中においても住民に一番身近な議会議員として、住民の声を肌で感じその声を、それぞれの地方議会に反映させてきている。その多大な成果は地方議会議員として自負してもいいだろう。

 私自身長野県議会だけを振り返って見ても、制度上の問題・審議の仕方・論議の仕方・県民への広報の仕方などなど、多くの改善していかなければならない面もあることは認識している。少なくとも私共が新人として県議会に携わってから、大分改善されてきていると思われることも多い。これは多会派である要因もあるが、先輩議員が積極的に新人議員と話し合いの場を作り、私たちの意見にも理解を示してくれていることが大きいと思われる。

 議会の使命役割は執行機関と議会との二元代表制をとられている現在、その意思決定の責任は大きく問われる。その役割に議決権、検査権、調査権、同意権、承認権等々多くの権限を与えられている。その行使の仕方は一定の手続きを経るなど制約のあるものもあるが、住民から直接選出された私たち議員はその意思決定責任は重大である。時には住民の意思と異なる判断もしなければならない。だからこそ日常の調査研究や学習、現地調査および視察は大事な仕事であることは言うまでもない。また議員としての責任ある言動も理事者側はしっかり受け止めて頂かなければならない。

 このような議員活動は少なくとも県議会議員は、日常時間が足りないほど努力研鑽している。その中で非常勤特別職(県職員)の、長野県環境保全研究所長青山貞一氏は、《問われる政策提言、制度設計能力》『疑われる議員の基本的資質、能力!?』『地方議員の「報酬・年俸」の実態』『地方議員の「海外視察」の実態』と《未曾有の財政危機》を本題としながら、一連の見出しで言いたい放題の論評をしている。よく読んでみると(本題から以降)大学での講義用の一般論とは言えず、長野県議会を指していることは誰にも明らかに読み取れる。

 県職員だからいいたい放題は辞めなさいというつもりはない。ただ、新しく生まれ変わっている県議会の姿でなく、古いデーターを掲げあたかも現在の県議会議員が該当しているかのような文面はけしからんことだ。また、今の立場でここまで県議会議員をこき落とす理由は何か。それこそ非常勤職員としての資質を疑わざるを得ないと言い返してやりたい。「高額な報酬、特権的な旅費や政務調査費をもらいながら、議員として本来具備すべき最低限の立法能力や政策提案能力が備わっているとは到底言えないだろう。」と記されているが、報酬が高額かどうかはご自分の報酬と比べてみたらいかがか。ご自分は10日以下の出勤で40万円の報酬であるが、それは高いか安いか。政務調査費の使用している中身を見て言っているのか。あなたはいつでも志昂会の控え室へ来て、私たちの政務調査活動記録をご覧になるがよい。正々堂々と表から来て自分の目で確かめてから論じるべきだ。

 『制度提案しない地方議員』「日本の議員の多くは自分たちが立法府、つまり条例などの制度を提案しつくるなどすっかり忘れている。忘れていると言うより、もともとその気がない議員も多いのだ。条例制定のための立法提案など、およそ自分たちの仕事だと思っていない。」・・・どこをどう調査されて論じているのか分からないが、世間の学者さんが一般論で述べられていることはある。少なくとも立法制度は地方議会は国会と活用面で異にする点がある。国は法律によって施策を執行するが、地方議会はその法律に基づき、あるいは補完的条例により事業を進める場合が多い。条例制定を忘れているものではない。県議会が提案する条例は、そもそも理事者側と県議会側と激しい議論を戦わせながらも、お互いの信頼関係が構築されている中で、執行に影響にならない範囲での県民のための条例制定でなければならない。地方議会では何でも条例を制定すればよいと言うものでもないが、県議会議員は常に立法提案は考えている。

 青山氏と言い松葉氏と言い、あなた方は田中知事に何の特命を受けたのか。与えられた職務は何であるのか承知しているのか。特命を受けていないでこのような言動振る舞いを続けることは、あなた方の任命権者である田中知事を、苦しい立場に追い込むだけであることを知るべきであろう。

 いずれにしても青山氏のホームページでの論評は、長野県議会としても見逃すわけにはならない。県議会議員として事実に損なうものは訂正して頂かなければならないことになろう。松林経営戦略局長も職員を指導管理する立場の最高責任者であるから、黙って見逃すのでなくしっかり監督し注意をするべきであろう。ただ知事向きの優等生発言だけでなく、人間として人の心に受け止められるような自分に正直な発言をし、職員のトップとしての役割を果たすべきではないか。今長野県民や県職員の落ち着かない苦しい状況を、解消でき希望と勇気を与えることができるのも貴方の役目であることも承知するべきであろう。(この記事は8月6日から8日にかけて作成しました。)

青山貞一氏のホームページです。参考にしてください。
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/aoyama-co1521.html

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